あいうえおとお絵描きと

先日参加した、なまけっとで実行委員の方がtwitter上で質問していた
なまけっと・製作のきっかけ』のまとめを見ていたら
どんどん子どものころの記憶に入っていってしまったので、書き留めておこう。

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私は「あいうえお」ひらがな五十音は、車のナンバープレートで覚えた。
母は車の免許を持っていなかったので、スーパーへの買い出しも
長女である二歳上の姉を幼稚園へお迎えに行くにも、いつも自転車だった。
母の後ろ、三歳の私は自転車の後部座席で看板や自動車、文字のあるものをいつも目で追っていた。

自転車を後ろから追い越していく車のナンバープレートを見ては
「今のは “ま” ?」「あれは “ほ” だよ」
「お母さん “み” だったね」「すごいね。あたり!」
などと時にはクイズのように楽しみながら道中を過ごしていた。
そんな毎日を過ごしているうちに、知らない間にひらがなを覚えていた。
だから、本で勉強したり、ひらがな用の知的玩具のようなものを使った覚えもない。
身の回りにあるもので楽しむ、母がもたらしてくれたコミニュケーションだけで
特別な物はなにもなくて、いつもそこにある普通なものだけで十分だった。

5歳ころまで住んでいた家は母方の祖母の敷地内にあって
祖母の家までは20mあるかないか。
いつも遊び相手の姉は朝が始まれば幼稚園へ
三歳下に妹が生まれ、新生児の世話と家事で大忙しの母はずっとは遊びにつき合ってくれない。
姉が幼稚園へ行ったあとの朝9時にはもう退屈になってしまう私は
毎日毎日敷地内の祖母の家へ遊びに行っていた。
今時のおばあちゃんとは違う、祖母は大正生まれの昔ながらのおばあちゃんだった。
だから今の私の実家=甥・姪からしたら祖母の家、のように
アンパンマンやにこにこぷんの子供向け玩具なんて、おばあちゃんの家には一切なかった。
でも、おばあちゃんの家でたくさん遊んだ記憶がある。

「おばあちゃん!おはよう~」とトコトコ入っていけば
「よう来たなぁ~」とニコニコ迎えてくれる。
そしてすぐに「今日はこれだけしか良いの無かったわぁ。」といいながら
鉛筆と裏が白紙の折り込みチラシを出してくれる。
おばあちゃんは朝新聞を読んだら、折り込み広告をチェックして
私のために、鉛筆で書き易い紙質の裏が白紙のチラシをお絵描き用に分けておいてくれた。
何を描いても「上手だねぇ」とおばあちゃんが褒めてくれるので
いい気になって毎日私はたくさんお絵描きばかりした。
気に入った絵はおばあちゃんは壁に飾ってくれたり
大切に引き出しにしまってくれていた。
お絵描き帳やスケッチブックも持っていたけど
なにより、普通のチラシの裏のが子どもながらにしっくりきたし楽しかった。

買ってもらったオモチャはもちろん嬉しかったし楽しかった。
でもそれより何より
「上手だね」「すごいね」「素敵だね」「ありがとう」と
母や祖母が笑顔になって喜んでくれたり、褒めてくれる
なんてことのない普通のお遊びであるお絵描きが一番楽しかった。

法事で祖母の宅に親戚が集まっている時
歳の離れた従兄弟はみんな既に大人で遊ぶことも無い。
私たち三姉妹だけが小さい子どもで会食になっても暇な時間。
すると同じ敷地内に住む犬猫のトリマー・ブリーダーの伯母さんが
「子どもにも慣れた懐っこい子にしてあげたいからね。遊んであげて。」と
いつも子犬や子猫を連れてきてくれた。
生まれた時に既に我が家に居た秋田犬はとっても優しくて大好きだった。
自分の胸に抱きかかえられるほどの小さな子犬たちは、また違った可愛さがあった。
小さな頃からいつの間にか生き物好きに自然となっていた。

誰かを笑顔にしたいとか
喜んでもらいたいとか
楽しみを共有したいとか
モノづくりをする気持ちの動機はたくさんあって限定できるものではない。
けど、作り始めたキッカケは、物心もついていない時期に
特に母と祖母が「普通を楽しめる環境」を作ってくれて、
それを私は心の底から楽しんでいたことかもしれない。

姿カタチの無い心はもちろんのこと
生き物の可愛らしさや素晴らしさもまた
言葉では表現できないものがあると思う。
それを形にすることによって
「そうそう!素敵だよね!」と共有できたり
「こんな風に見ると意外にもカワイイんですよ」と伝えられたり
カタチにすることによって見えてくる素敵な世界を
自分だけでなく他の人と分かち合ってみたいっていうのが
今の私の“つくる”気持ちかもしれない。

きっとたくさんの作り手さんと同じ気持ちのように。

 

 

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